日本の音楽におけるわびさびの意味とは?

わびさび1

日本の文化の特徴の一つとして「わび」「さび」の文化ということがよくいわれます。

「広辞苑」によれば「わび」とは「閑寂な風趣のこと」「さび」とは「古びて趣のあること」と書かれています。

さらに「さび」には「謡いもの語り物において枯れて渋みのある声」「太く低い声」の意味もあるようです。

ではこうした「わび」「さび」の文化が日本の音楽にどのような影響を与えているのでしょうか。

今回はその点について実例を基に考証したいと思います。

 

荒城の月

「わび」「さび」を上記の字義通りにとらえてぴったりくる曲を想像すると「荒城の月」が思い当ります。過去にぎやかだった場所(城)が今では荒れ果てて、月に照らされている風景を歌った曲です。まさしく「閑寂」「古くて趣」がある内容で、こんな曲を「太くて低い声」で歌われたら「わび」「さび」を感じるに違いありません。この曲が滝廉太郎によって作曲されたのは明治34年。100年以上昔の歌ですが、深い風情を感じさせてくれます。

 
しかし、この曲は現在われわれが使っている「わび」「さび」という感じからするとちょっと芸術的・禅宗的な感覚が強すぎるように思えます。我々が「わび」「さび」といった場合もう少し直接的かつ庶民的な「わびしさ」「さびしさ」「切なさ」みたいなものを連想するのではないでしょうか。

そうしたものはむしろ日本の歌謡曲・演歌の中に表現されているように思えます。

 

昭和枯れすゝき

 
さくらと一郎による昭和50年の大ヒット曲で、オリコンの年間チャート1位を記録しました。「さびしさに負けた いえ、世間に負けた」「いっそきれいに死のうか」「二人はかれすゝき」といった歌詞とマイナーのメロディーは直接的にさびしさ・わびしさを感じさせるものです。ここには「荒城の月」で感じられた高尚さは感じられず、ひたすら良い意味で庶民的で、歌いまわしもかなり下世話な感じです。この暗い曲が150万枚も売れてミリオンセラーとなり、日本有線大賞も獲得したわけですから、よほど日本人の心情にあっていたのでしょう。

 

ざんげの値打ちもない

 
北原ミレイの昭和45年のデビューヒットです。ここで歌われる主人公の人生はとにかく暗く、やはりとても寂しさ・わびしさを感じさせるものです。戦後日本が高度経済成長を遂げる中で、様々なひずみが生じました。上記の「昭和枯れすゝき」もそうですが、そのひずみの中でそれぞれの人にいろいろなことが起こり、その心情がこんな歌に乗って流行歌となったのではないかと思います。

おそらく戦後日本が高度な大衆化社会を発展させていく中で、それまで禅や茶道、俳諧の世界での概念であった「わび」「さび」は大衆化され、よりわかりやすいものに使われ方も変質していったのではないかと思います。

さらに現在になるとこうし「わび」「さび」という感覚を持った曲そのものもなくなってきているように感じています。これもやはり社会や時代背景の変化と密接に絡んでいるように思えてなりません。現在の日本人から「わび」「さび」という感覚がなくなってしまったわけではないと思いますが、その感覚を表現する手段として音楽というものが使われなくなってきているのではないでしょうか。現在のヒット曲の歌詞を見ても「わびしさ」「さびしさ」をそのまま受け止めるというよりも、「君にも僕にも価値があるからみんなで頑張ろう」といった価値観の曲がとても増えていると思います。まさに歌は世につれ、世は歌につれという感じです。

社会の変化と流行歌の関係については様々な考察が出来そうです。これからもいろいろと考えてみたいと思います。



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