富士山が世界遺産取り消し? 真の世界遺産への課題

富士山文化遺産

日本を代表する山、「富士山」が「世界遺産」に登録されて1年が過ぎました。

富士山メイン

しかし、「富士山」の世界遺産登録はあくまで「暫定」であることをどれだけの人が認識していることでしょうか。

晴れた日にビルの合間から、山頂付近冠雪している富士山が顔をのぞかせたとき、何だか得した気分になります。

その日一日、何かいいことがありそうな予感すら感じてしまう。

そんな、日本人にとって「特別な山」が「富士山」。

その美しさ、神秘性、をより多くの人に、海外に人にも味わってもらいたい。

多くの日本人はそう考えていることと思いますが、現実は意外に厳しいようです。

私たちがこれからも美しい富士山を味わっていくためにはどうしていけばいいのでしょうか。

 

富士山は「文化遺産」?

富士山世界遺産登録は、2013年6月22日、カンボジア・プノンペンでの世界遺産委員会で正式決定されました。

世界遺産には「自然遺産」「文化遺産」という二つの分野があり、今回富士山が登録されたのは、「文化遺産」の方です。

登録正式名称は「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」というもので、単に「富士山」ではないのです。

報道でも知られているとおり、富士山及び三保松原などからなる一連の地域が登録されました。

「富士山、世界遺産に  三保松原の登録も決定」(2013年6月22日 朝日新聞号外

富士山を「世界遺産」にする取組は、日本が「世界遺産条約」を批准した1992年から始まります。

当初は「自然遺産」としての登録を目指していましたが、2003年に断念します。

世界遺産登録の際に調査・評価を行う諮問機関の専門家を呼び検討を続けたのですが、自然の造形物としての富士山は世界的にみてそう珍しい部類には入らないし、さらにごみ問題など、富士山自体の自然破壊が進んでいてとても「自然遺産」として推薦できるものではない、との結論に至ったのです。

「ダンプカーなどでまとめて捨てられていったと思われる建設廃材や一般廃棄物、自動車やタイヤ、ブリキ缶から乾電池、そしておもちゃや家庭用品などに至るまで、多くのごみが樹海の中の穴や沢などから見つかっています。」

「ごみ問題は今」NPO法人富士山クラブHPより)

 

富士山の山肌の合間に見えた白い川の正体とは?

「それは休憩のための山小屋のトイレから垂れ流されたし尿、つまり白い川に見えたのはトイレットペーパー。(中略)トイレからし尿が垂れ流されているせいだろう、山小屋のある一帯には、鼻をつくような汚物臭が漂っていた」

(野口健「世界遺産にされて富士山は泣いている」PHP新書より抜粋)

そこで、「文化遺産」として登録する取組に方針を転換します。

富士講
(出典:富士五湖ほっと情報

実際、古くから山岳信仰の対象としての一面が存在していましたし、日本が世界に誇る「浮世絵」などでは「富士山」は必須の題材となっています。

葛飾北斎
(出典:ウィキペディア)

こうして約10年かけた運動の結果、条件付きでの世界遺産登録にこぎつけたわけです。

 

「富士山」につきつけられた条件とは?

「文化遺産」に関して調査・評価を行い、世界遺産委員会にそれが世界遺産として適当なものか勧告を行う諮問機関が、国際記念物遺跡会議、通称イコモスです。

2013年5月、イコモスが「富士山」を「文化遺産」として「世界遺産」登録する勧告を世界遺産委員会に提出しました。

この時につけられた条件が以下のものです。

(1)アクセスの利便性・レクリエーションの提供と神聖さ・美しさの維持と相反する要請に関連して、資産の全体構想(ヴィジョン)を定めること。

(2)神社・御師住宅及びそれらと上方の登山道との関係に関して山麓の巡礼路の経路を特定し、それらがどのように認知・理解されるのかについて検討すること。

(3)上方の登山道の受け入れ能力を研究し、その成果に基づく来訪者管理戦略を定めること。

(4)上方の登山道及びそれらに関係する山小屋、トラクター道のための総合的な保全手法を定めること。

(5)個々の構成資産において来訪者施設(ビジターセンター)の整備及び解説を促進するために、個々の構成資産が資産全体の一部分を成し、富士山の山頂から山麓にわたる巡礼路全体の一部分を成すことがどのように認識・理解できるのかを周知するために、情報提供戦略を策定すること。

(6)景観の神聖さ及び美しさの両側面を維持するために、経過観察指標を強化すること。

2013年6月22日文化庁報道資料 「富士山」の世界遺産一覧表への記載決定について より抜粋)

これを見ただけでは何の事だかわからない方も多いかと思います。

この点については、プノンペンの世界遺産委員会に臨席していた都留文科大学の渡辺豊博教授が、具体的な内容を説明しています。

「山麓(さんろく)の開発により巡礼道、神社、山小屋の関連性が認識できなくなっている。」

「夏の膨大な登山者の来訪と、それを補助するための山小屋、ブルドーザー道、落石防止のコンクリート壁などが富士山の精神的な雰囲気に反している。」

「富士五湖(特に山中湖と河口湖)は増加する観光と開発の圧力にさらされている。」

「建物の規模、建設可能な場所、景観を山麓のホテルを含めてより強力に制限する必要がある」

など、現場の実態を把握したうえで10項目以上にわたり厳しい指摘が続きました。

2013年7月13日 朝日新聞山梨地域版 及び 野口健「世界遺産にされて富士山は泣いている」(PHP新書)より引用)

すなわち、開発・観光地化の進展や度を過ぎた登山者の数が、山岳信仰の対象としての神秘性や芸術をより高い次元へ昇華させるほどの自然景観を損なっているのではないか、と懸念されているのです。

信仰に絡んだ神聖な場所のはずなのに、付近の富士五湖はモーターボートが滑走し、山小屋に荷物を運ぶ役目があるとはいえブルドーザーで山を削り道をつくるのはいかがなものなのか、という意識が欧米人などは強いようです。

ブルドーザー
(出典:富士吉田旅行クチコミガイド

また、年間30万人近くの登山者がいる山というのは世界的にみても飽和状態であり、さらにその状態というのは、現時点で富士山に設置されているあらゆる設備のキャパシティを遥かにオーバーしているということで、そのために発生するであろう環境汚染が危惧されます。

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ちなみに、この状況が改善の方向に向かわない、目途が立たないような場合、世界遺産としての質が保てない危機的状況にある「危機遺産」に認定されたり、状況によっては登録抹消ということもあります。

実際に2007年にオマーンのアラビアオリックス保護区が、2009年にはドイツ・ドレスデンのエルベ渓谷が抹消処分となっています。

世界遺産委員会は日本政府に対し、2016年2月1日までに経過報告書を提出するように義務付けています。

 

「マイカー規制」と「入山料」について

2016年2月1日といったら、あと1年と少ししかありません。

やらねばならないことはたくさんありますが、現時点で既に開始されているものに「マイカー規制」と「入山料の徴収」があります。

これらは特に「増えすぎた登山者の抑制効果」が期待されています。

マイカー規制に
(出典:富士宮ハッピースポット

富士山には山梨県側の「富士スバルライン」、静岡県側の「富士山スカイライン」「ふじあざみライン」という3つの自動車道が通っています。

麓から五合目まで自動車で乗り入れられるようになっていますが、近年のマイカー増加で、渋滞やそれに伴う排ガスによる大気汚染が問題になっていました。

マイカー規制渋滞
(出典:富士登山オフィシャルサイト

この五合目まで乗り入れられる自動車を期間限定でバスなどに限定することで、これらの問題に対処するとともに、登山客の抑制効果も狙いました。

マイカーで富士登山を行おうとする人は、麓の有料駐車場に車を止めてそこからシャトルバスに乗り換え五合目まで向かわねばならなくなるわけで、結果「めんどくさい」と思い、安易に富士登山を行おうとする人が減少。

昨年度は世界遺産決定直後の7月には急増した登山客数を、平年並みに抑制する効果が確認され、今年度も同様の効果が確認されたということです。

「富士スバルラインの利用台数45%減少」(2014年9月3日 産経ニュース

また、入山料については、2013年より試験的に徴収を開始。

今年度より「富士山保全協力金」という名称で正式に制度を開始させました。

今年度は山梨県側で目標2億円、静岡県側で目標7900万円をめざし、登山者に協力を呼びかけました。

結果は、静岡県側が目標の55%の4382万円

24時間体制で徴収を行った山梨県側は、67%の1億1394万円に終わりました。

この入山料は、富士山の環境保全にかかるあらゆる費用として使う意図も含んでいました。

特に、前述の富士山のトイレ問題解決のための「新型トイレ(垂れ流しではなく、バイオ方式でし尿処理を行うもの)」の導入・維持資金としても期待されていたところがありました。

さらに、9月27日に発生した御嶽山の噴火を受け、今後は同じ常時観測対象である富士山でも同様の事態が起きることを想定して、防災設備設置が急務となっており、そのための費用も今後はここから捻出しなければなりません。

しかし現状では、環境保全費用不足分は結局税金で補てんするしかないのが現実のようです。

徴収がうまくいかなかった原因としては、登山ツアー客や外国人登山者の未払いなどが大きいといいます。

「富士山入山料 支払いは半数に」(2014年10月6日 日本経済新聞)

外国のように「ゲートを作って強制徴収したら」という意見もありますが、来年以降どうするかまだ何も決まっていない状況だということです。

 

アルピニスト・野口健氏の提言

アルピニストで、エベレストや富士山における清掃登山の活動でも有名な野口健氏が、自著「世界遺産にされて富士山は泣いている」で興味深い提言をしています。

まず、「入山料」については、野口氏のみならず他のメディアなどでも指摘されていますが、「任意」の「1000円」では少なすぎる、ということです。

現状の登山者数を維持するとしても「7000円」は必要との試算も出ています(栗山浩一京都大学教授の試算による)。

また、現在五合目以降の登山者のみに入山料を適用していますが、「富士山の環境保全」を目的とするのであれば、まさに一合目から適用すべきではないか、それも登山客のみならず、富士山に関わる施設を利用する人すべてから徴収すべき、と野口氏は主張します。

海外の山では(特に欧米では)、「入山料」の徴収は常識となっており、富士山もこれに倣う方向にすべきとしています。

そのために、既に少数ながら活動をしている自然保護員制度(レンジャー制度)を活用、拡大していくことを提言しています。

ヨセミテ国立公園レンジャー

欧米の登山の場合、入山前にその地のレンジャー事務所で許可証と入山料を支払わねば登山ができない仕組みになっているということ。

現在、富士山を管轄するレンジャーは十数名、これを欧米並みの100人以上クラスにしていき、入山料徴収などの権限強化を行うことで状況改善につながっていくとしています。

かつて小笠原諸島が世界遺産に指定されたときに、当時の東京都知事石原慎太郎氏が小笠原の自然保護のために「東京都レンジャー」を立ち上げた前例があります。

そう考えると、環境省をはじめ、山梨県、静岡県などの行政の決断次第といえるでしょう。

他にも、入山制限と大気汚染防止の観点から、富士スバルラインなどの自動車道を「登山鉄道」に転用するプランを推進する、ということも提言しています。

登山鉄道
(出典:OuDiary of Rail Travel

これは正確には野口氏の提言ではなく、富士五湖観光連盟や富士急行が実際に打ち出した構想で、2008年に発表されたものです。

二酸化炭素排出量も車に比べ少なく、排気ガスを出さない鉄道を引くことで、入山する人数をコントロールできるうえ、これまで雪の多い冬場は閉鎖しなければならなかった五合目までを一年通して楽しむことができると、一石二鳥の施策といえるでしょう。

現実化させるには、様々な課題もあるでしょうが、検討には値するのではないでしょうか。

 

三つの選択肢

本来「世界遺産」は次世代に向け価値ある自然や文化財を保護して残していこう、という大義のもと作られた制度であって、決して観光開発や地域振興を目的にしたものではありません。

その点を忘れて(あるいは知らずに?)大騒ぎしていた点は反省すべきことだとは思いますが、いまさらどうこう言っても始まりません。

2016年2月1日に向けて、私たちには三つの選択肢が残されていると思います。

一つは、どうにか現状維持をイコモスに認めさせるためにあらゆる手段(政治的な手段を含め)をとってみる。

個人的な意見ですが、これは仮に成功したとして、それが「富士山」のため、引いては日本のためになるとは思えません(失敗して「危険遺産」「抹消」になる可能性の方が高いように思います)。

二つめは、あえて「世界遺産」を返上する、ということです。

先のドイツ・エルベ渓谷が登録抹消された背景には、その地の深刻な交通渋滞問題がありました。

それを解決する手段として、ドイツ市民は、「世界遺産」という名誉を捨て、景観を損なうかもしれない渓谷にかかる「橋」の建設を選択しました。

自然環境や景観を尊重するか、現在の生活を尊重するか、そのどちらを選ぶかは非常に難しい問題ともいえ、このドイツ市民の決定に意見することはできません。

今回の富士山についても同じような状況があります。

イコモスの提言では、不利益を被る人も大勢出てくることが予想されています。

事前に「世界遺産」に対する住民説明などがなかったことが原因ともいえますが、今後これらの人々とどう折り合いをつけ、着地点を見つけていくか、ということになります。

三つめは、富士山を「真の世界遺産」に昇格させる、ということです。

二つ目であげた住民との折り合いも含め、時間がないうえに難易度は一番高いと思いますが、もしこれをクリアすれば、富士山はあらゆる意味で「世界遺産」にふさわしい場所となるでしょう。

これまでは「日本のシンボル」でしかなかった富士山が本当の意味で世界から賞賛されることになるのです。

富士山のよあけ

いずれの道をとるにしても、時間はあまり残されていません。



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